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開会挨拶
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基調講演
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パネルディスカッション
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アンケート
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■パネリスト・プロフィール
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石田東生氏
(筑波大学社会工学系教授)
1951年大阪生まれ。東京大学大学院工学系研究科修士課程修了。
筑波大学社会工学系助教授、教授を経て、現在、筑波大学大学院システム情報工学研究科教授。
専門分野は、都市計画・交通計画。著書に「環境を考えたクルマ社会」(共著)など。
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小野田真弓氏
(熊野古道を世界遺産に
登録するプロジェクト準備会
運営委員代表)
1965年和歌山生まれ。国士舘短期大学国文学部卒業。
97年、熊野古道を世界遺産に登録するプロジェクト準備会を発足。
和歌山県ベンチマーク審議委員、和歌山県河川審議委員などを務める。
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泉正徳氏
(和歌山県本宮町 前町長)
1951年和歌山県本宮町生まれ。74年近畿大学理工学部卒。
会社役員を経て97年町議会議員当選。1期目の途中、99年町長に就任。
和歌山県道路協会副会長、スロータウン連盟副会長、東牟婁町村会長を歴任し、
2期目の2005年4月市町村合併により退職。
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和泉晶裕氏
(国土交通省北海道開発局 道路調査官)
1961年北海道生まれ。86年北海道開発庁(現国土交通省)入庁。
国土庁大都市圏整備局、国土庁防災局阪神淡路大震災対策担当大臣特命室、
国土交通省北海道局開発専門官を経て現職。
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黒谷努氏
(国土交通省近畿地方整備局 紀南河川国道事務所長)
1957年大阪生まれ。80年、建設省(現・国土交通省)四国地方建設局(現・四国地方整備局)入省。
その後、国土庁、近畿地方建設局(現・近畿地方整備局)企画部、道路部、兵庫、大阪、
豊岡の事務所で、地域整備や道路整備を手掛ける。2004年4月から現職。
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■コーディネーター・ プロフィール
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古田皓氏
(テレビ和歌山 報道局長)
1946年北海道生まれ。関西大学文学部新聞学科卒業。
73年にテレビ和歌山入社後、営業課長、報道部長、報道局長を経て、
現在、取締役報道局長。
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<パネルディスカッション>
「紀伊半島におけるシーニック・バイウェイの可能性」
[パネリスト]
石田東生氏
(筑波大学社会工学系教授)
小野田真弓氏
(熊野古道を世界遺産に登録するプロジェクト準備会 運営委員代表)
泉正徳氏
(和歌山県本宮町 前町長)
和泉晶裕氏
(国土交通省北海道開発局 道路調査官)
黒谷努氏
(国土交通省近畿地方整備局 紀南河川国道事務所長)
[コーディネーター]
古田皓氏
(テレビ和歌山 報道局長)
「紀伊山地の霊場と参詣道」の魅力と、それを取り巻く環境
[古田氏]
世界遺産に登録された「紀伊山地の霊場と参詣道」は、紀伊半島全体にとって
非常に重要な資産であり、こうした地域における「シーニック・バイウェイ」導入の
可能性について探っていきたい。まず「紀伊山地の霊場と参詣道」の魅力とそれを
取り巻く現状についてお話いただきたい。
[小野田氏]
紀伊半島には、広範囲に渡って山・川・海といろいろな自然要素が詰まっている地理的魅力と、
文化の奥深さという歴史的魅力がある。熊野古道を世界遺産に登録する活動では、
高野山とか那智の滝を単体で世界遺産に登録したいという意見も多くあったが、
地理的、歴史的、両方の魅力を活かすために、各地をつなぐ道も含めた地域全体を
世界遺産に登録することに意味があると考えた。
[泉氏]
世界遺産登録を受けて、この土地を訪れる人が増加したが、まだまだ情報発信については
十分でなく、文化や歴史、さらには移動の手段まで、正しい情報を発信する必要がある。
同時に、今まで培ってきた文化的景観とそこの人々の暮らしを守っていくことも重要である。
「熊野古道」は、文化や経済、人々の暮らしをつなぐ道というものの意味を考え直す、
良いきっかけになっていると思う。
[黒谷氏]
現在、高速道路はみなべまで供用しているが、大阪から白浜や新宮まではまだまだ
時間がかかるのが現状である。整備状況としては、白浜〜すさみ間が新直轄で整備する
ことが決まり、新宮方面からは那智勝浦道路が工事中というように、紀勢線がようやく
紀伊半島を一周するということがなんとなく現実味を帯びてきたような状況である。
その中で、高速道路が完成することによって、海岸線を走る42号線もシーニック・
バイウェイという概念を意識した使い方など、今までと違う使い方の可能性を
考えていく必要がある。
アメリカや北海道の「シーニック・バイウェイ」の導入の背景や
現状と紀伊半島で活かすべき要素
[古田氏]
今お話しいただいた、熊野古道の地域的魅力や、観光と地域住民の生活の両立、
さらには高速道路などのインフラの整備などを考えると、紀伊半島における
シーニック・バイウェイ導入のための土台はあるのではないか。
次に、アメリカや北海道の「シーニック・バイウェイ」の導入の背景や現状をふまえて、
紀伊半島で活かすべき要素についてお聞きしたい。
[和泉氏]
北海道では、ドライブ観光が「団体型」から「個人型」にシフトしており、
少しでも長い間、北海道に滞在してもらう環境を整えようと考えた。
観光客は北海道の景観に魅力を感じている人が多いため、「沿道景観」を
改善しなければならない。道路の周りだけでなく、その横の家や農村風景、
森林風景すべてが「沿道景観」を構成するものであるため、地域の農家の方、
森林を維持している方と一緒になって取り組みをしていかなければならない。
その取り組みこそが「シーニック・バイウェイ」を始めるきっかけであった。
紀伊半島は、北海道にはない重厚な歴史を持っている。北海道で今苦労しているのは、
地域の方が自分の地域に愛着と誇りを持つためのストーリーづくりである。
ここは歴史や文化という点で羨ましいほどの素材がいっぱいある。
[石田氏]
アメリカや北海道がその土地それぞれの魅力を活かして「シーニック・バイウェイ」を
導入してきたように、紀伊半島もこの土地の魅力を活かすような形を採っていくのが
良いのではないか。世界遺産に登録する際に熊野古道という「道」を一つのテーマにした
「アイデア力」、多くの人が共に協力して世界遺産登録を成し得た「結束力」などの
「人の力」も感じる。そうした要素をどう紡いで、どういう形でアピールしていくかが、
最重要課題ではないか。
「シーニック・バイウェイ」導入の具体的方向性
[古田氏]
「シーニック・バイウェイ」の先進事例を経験されたお二方の意見を聞いても、
紀伊山地の霊場と参詣道における「シーニック・バイウェイ」導入の可能性は
非常に高いものがあると感じられる。次のステップとして、NPOや民間ボランティアなど
地域住民も含めて、地域全体がどのように取り組んでいくべきか、
具体的な方向性について伺いたい。
[小野田氏]
北海道における民間団体の活動は、世界遺産登録前後の紀伊半島の民間団体の
活動と似ており、NPOや地域住民の方は登録運動で学んだことを応用していけば良いのではないか。
ただし、アメリカや北海道での事例を模倣するだけではなく、
和歌山独自の「シーニック・バイウェイ」を考えていくべきである。
私たちは以前から体の五感全体を使って熊野を感じて欲しいと考えており、
例えば、車で熊野に来ても五感を感じられる、窓を開けて走っても排気ガスの臭いが無く、
音の静かな環境に優しい車社会の実現を目指す、ハイブリッドカー等のレンタカーを
この一帯で導入するなど、他にはないテーマが必要。
[泉氏]
「シーニック・バイウェイ」とは、道路などの言葉にとらわれずに、
みんなを連携する、繋ぐための手段であると考えた方がわかりやすい。
行政やごく一部の人だけが関わることを改め、NPOや民間ボランティアなど
もっと多くの人たちで情報交換をし、人と人が繋がっていくということが有効ではないか。
もう一つ「シーニック・バイウェイ」を通じてできることは、
文化的景観の保全だと思う。景観も、そこに人が住んでいるからこそ保たれるのであり、
地域住民が土地や田畑をどのように守っていくか、子孫にどのような景観を残すか
という問題を解決することも可能ではないか。すでに本宮のある地域では
「わがらのいそしいじげづくり」(私たちの元気な地域づくり)という標語のもとに、
2年前から自分たちの地域を自分たちで考え、様々な活動を行っている。
[黒谷氏]
私たち行政としても、景観に配慮した社会資本整備を進めていく
必要はあると考えている。紀南地域ではボランティアサポート、街づくり、
村おこしグループなど、いろいろな団体の方にご活躍いただき、美化清掃や
花壇の整備などを進めている。今年4月に行った「未知普請」近畿大会によって、
横のつながりや年齢的な縦のつながりもできつつあるように思う。
[和泉氏]
北海道では、「場作り」ということを強く意識した。まず、民間の活動団体、
地域住民、行政の人間が集まって共に話し合うワークショップを開催した。
ワークショップでは、「行政が何をやってくれるのか」という質問が毎回出たが、
その都度、「あなた方が何をしたいのかわからなかったら、行政も何をしていいのかわからない」
と地域の人に自分たち自身で考えることを促してきた。もう少しわかりやすく言うと、
「自宅にお客さんを招く時に、家の中を掃除して、花を飾り、自分の得意料理を振る舞い、
自分の家の歴史や地域のことについて話をする。それがいわば
『シーニック・バイウェイ』だと。そして、それを皆さんでやりませんか」と投げ掛けてきた。
ワークショップ参加者も徐々に理解し始めてきたが、中々うまくいかなかったのは
やはり行政の方である。組織の垣根や担当者の温度差があった。
しかし、徐々に参加意識の高い行政の担当者が出始めたのも確かで、今後が楽しみである。
[古田氏]
北海道での話を聞いていると、和歌山県での南紀熊野体験博において
行政と住民が一体になって活動し、
成功したことを思い起こす。
[石田氏]
様々な立場からの話を聞くと、紀伊半島における「シーニック・バイウェイ」の
可能性は非常に高いと思う。小野田さんが言ったとおり、自分たち独自のやり方を
考えていくことはとても大切なこと。「何がしたいのか?」を自分たちの言葉で
考えるべきではないだろうか。
「シーニック・バイウェイ」導入の具体的方向性
[古田氏]
最後に一言ずつまとめを。
[石田氏]
現在、日本にはアメリカのように「シーニック・バイウェイ」に関する
法律があるわけでもなく、制度として体をなしているわけでもない。
これからの活動が制度に反映されていくものだから、自分たち自身のことを、
自分たちの言葉でよく考えて、遠慮なく活動して欲しい。
[小野田氏]
私たちNPOや民間団体が行動を起こすべきことも大切であるが、
行政も含め、頑張ろうとしている人たちと一緒に集まって、早い段階から
何をしていくかを考えていくことが重要。
[泉氏]
日本には「借景」という言葉があるが、私たちも世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」
という景色を借りて、議論を進めていく場をつくっていきたい。公衆浴場で富士山の絵の
景色のもと、皆で語り合うように、世界遺産という景色のもと、気楽に皆さんと
一緒に話を進めていきたいと思う。
[和泉氏]
肝心なのは、「シーニック・バイウェイ」に対して、持続的に取り組んでいける
人たちがどれだけ集まって来るかということ。また、「場作り」の次に課題となるのが
資金面。地域一体となって継続的な取り組みや資金づくりのアイデアを出し、
行政はPRという側面からお手伝いをする。そうしたシステムが効率的なサイクル
としてまわっていけばいいと思う。
[黒谷氏]
田辺市で行った「未知普請」近畿大会では、夜間や土日に、行政の担当者が地域の方々と
一緒になって活動し、手づくりのいいイベントができあがった。地域と一体になって
活動することは手間暇が掛かるが、行政だけの都合で考えてつくったものよりも出来たもの
に魂が入る。行政としても労力を惜しまずに、地域の方々と一体になって取り組みたい。
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