徐福公園
今から約2200年前、徐福(じょふく)は、秦の始皇帝の命により不老不死の霊薬を求めて船出し、熊野の地に渡来しました。そしてこの地で「天台烏薬(てんだいうやく)」という薬木を発見しましたが、再び中国に帰ることなく永住し、農耕、漁業、捕鯨、織物、紙すきなどの技術を伝えたと言われています。色鮮やかな楼門のある徐福公園には、クスノキの大木や天台烏薬の木に囲まれて徐福の墓や、徐福像、不老の池、7人の重臣の墓があります。(2006.3.31)
| TEL |
0735-23-3357(新宮市商工観光課) 0735-21-7672(財団法人 新宮徐福協会) |
| FAX |
0735-21-7672(財団法人 新宮徐福協会) |

佐野王子
熊野詣での旅人は、熊野本宮大社に苦労を重ねやっと参拝した後は、本宮から熊野川を船で下り熊野速玉大社にお参りしました。ここから再び陸路を歩き、王子ヶ浜にある浜王子に詣で、更に南に進み熊野那智大社へと向かいましす。8kmほど歩いた那智山への中間点付近に佐野王子社がありました。
佐野王子は、熊野九十九王子社の一つで、熊野の御子神を祀っていました。そして、記録には1210年(承元4年)の修明門院参詣記に初めて出てきます。江戸時代には那智大社の末社として栄えました。境内の森は周囲約400mもあり、「若一(にゃくいち)王子の森」と呼ばれていました。現在の碑は王子橋の北約80mの位置にあり、説明版が立てられています。碑の北側約10mには北条政子の宝筐印塔や地蔵群が、南側約40mには神武天皇聖績狭野顕彰碑があります。(2008.1.10)
情報提供:市民の力わかやま 写真提供:和歌山県
王子ヶ浜

王子ヶ浜、紀南では最も長い浜 |

浜王子跡 |
玉砂利の風光明媚な海岸です。松林の中に遊歩道があります。雄大な太平洋を眺めながら散策を楽しみましょう。熊野九十九王子の一つ、「浜王子跡」の王子神社もあります。(2006.3.31)、写真追加(2006.12.18)
情報提供:わかやまインターネット市民塾
浮島の森