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西本願寺日高別院

西本願寺日高別院西本願寺日高別院は、1540年(天文9年)、吉原(現美浜町)に湯川直光が建立した浄土真宗本願寺派の寺です。豊臣秀吉の紀州攻めの際に焼失し、1595年(文禄4年)、現在地に移転、以来「御坊さん」と呼ばれ、御坊市の名の起こりとなりました。1825年(文政8年)に現在の本堂が再建され、1877年(明治10年)、西本願寺日高別院の称号を得ました。境内には県の天然記念物に指定された樹齢400年あまりのイチョウの巨木がそびえています。土蔵造の家が残る門前町は独特の雰囲気があります。(2006.4.20)

料金 無料
時間 10:00〜16:00
定休日 要問合せ
駐車場 参拝の方は境内に駐車可
(時間帯で駐車できない場合もあります。詳しくはお問合せ下さい)
TEL 0738-22-0518
0738-23-5531(御坊市商工振興課)

日高別院への地図
大きい地図(pdfファイル)はここをクリック

耳より情報

上野王子跡と仏井戸

上野王子跡
上野王子跡
仏井戸
仏井戸

上野王子跡・写真提供:和歌山工業高等専門学校 環境・福祉ボランティアサークル「amoeba(アメーバ)」

上野王子跡は、海側の旧道上野漁港近くの名田漁民センターと土地改良区センターの間に石碑が建っていて、うっかりすると見落しそうです。
 この王子跡は、江戸時代の王子跡で、旧地は北の山手側に少し行った国道42号線沿い500m北の「仏井戸」の場所にありました。その上野王子が火災にあい、本地仏の阿弥陀如来、勢至菩薩、観世音菩薩が消失していまいました。そこで、王子を今の場所に移すと同時に、二度と本地仏に火災で熱い思いをさせないため、本地仏を刻んだ一枚岩を井戸の底に沈めたのです。それから、この井戸を「仏井戸」と呼ぶようになりました。(2007.9.25)

情報提供:市民の力わかやま

和田・フレッド・勇さん顕彰のレリーフ

和田・フレッド・勇さん顕彰のレリーフ東京にオリンピックを招致した日系二世の実業家として知られるフレッド和田さんは、亡くなった後、御坊市の名誉市民(第1号)に選ばれ(平成16年)、その功績をたたえるレリーフが御坊市役所の中庭にあります。

フレッド和田さんは御坊市名田町出身の在米二世で、苦労して実業家として成功し、終戦後まだ間のない頃、全米水泳選手権に参加した日本選手団の宿泊先に自宅を提供するなどしました。また、昭和39年に開催されるオリンピックに東京が立候補した時に、他の有力地を押さえ事前の予想を覆して東京が選ばれた陰には、フレッド和田さんの献身的な働きがあった事が知られています。(2007/01/12)

情報提供:市民の力わかやま

御坊市を走る紀州鉄道

紀州鉄道車両「紀州鉄道」は御坊市に路線を持つ鉄道で、端と端の駅の距離がわずか2.7kmしかなく、日本一短いローカル線として有名です。駅は全部で5つあり、端の駅は御坊駅と西御坊駅です。御坊駅から乗車の場合は学門・紀伊御坊・市役所前・西御坊の順に電車は通過します。
御坊市を悠々と走るこの電車は、何か哀愁を感じさせてくれる感じがします。鉄道自体の長さもとても短く、他の電車に比べて、何かかわいく感じます。
また、車窓から見える御坊の景色も哀愁を感じさせてくれると思います。(2006.7.16)

情報提供:和歌山工業高等専門学校 環境・福祉ボランティアサークル「amoeba(アメーバ)」

歴史を感じる町並み

日高別院周辺の古い町並み42号線を日高川北側で東に曲がり、古くからある松原商店街を抜ける途中にある西本願時日高別院周辺は御坊市で最も古い町並みが残るところです。黒壁やしっくいの白壁、格子窓などの民家が残り古い別院の雰囲気とよく調和しています。(2006.3.31)

情報提供:わかやまインターネット市民塾

塩屋王子

塩屋王子神社日高川を渡り国道42号線を南に向かってしばらく行くと塩屋王子神社があります。この王子は別名を「美人王子」と言い、祈願すれば美人の子が授かるというので、子安神社としての信仰が盛んです。(2006.3.31)

情報提供:わかやまインターネット市民塾


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